第三話 九歴 皐月

027 遠方への開拓冒険

「社長、リタさん、これから参加する遠方への開拓冒険の説明をします」
 Xくんが卯月とリタに今回の開拓冒険の説明をした。
 今回の冒険は遠方開拓冒険で期間としては3週間を予定している。
 近隣の開拓冒険は日帰りから1週間以内を言うので、3週間というのはそれだけ、遠方に出かけるという事になる。
 これは未開の地に足を踏み入れてからの計算になるので、確認されている土地での移動時間は含まれない。
 最初は卯月達三人と皐月の会社は1週間、別々の開拓冒険をする。
 全く同じ冒険をしていてはそれぞれの会社に利点が少なくなるので、最初の1週間はそれぞれ別の開拓冒険をするのだ。
 1週間後に決められた待ち合わせポイントで集合し、それから危険地帯へと足を踏み入れる事になる。
 後半2週間が本当の目的の開拓冒険となり、前半の1週間は冒険への肩慣らしと言っても良い。
 卯月班としては、最初の1週間で、山ほど、水着撮影を撮るつもりだ。
 理由は水着なので、あまり種類を持って行かなければ荷物としてあまり、かさばらないので、その後の重要視している2週間かけて進む、開拓冒険の荷物を多く持っていく事が出来る。
 本当ならば、水着ではなく、コスプレにしたかったのだが、それだと、衣装がかさばるので、あまり芸は無いがまた、水着撮影という事にしたのだ。
 今時、水着撮影くらいでお客さんがたくさん来てくれるという事はないが、それでも、定番として、ある程度の集客は期待できる。
 卯月達としても背に腹は代えられない状態なので、リゾート気分でも下心たっぷりでも何でも良いからお客さんに来て欲しい。
 また、出来るだけ、低予算で活動したいのだ。
 危険地帯への冒険だと、どうしても、荷物が増えるので、最初の1週間は出来るだけ安全な冒険にしておきたいというのもある。
 クエスト・ガイドの内、二人は年頃の女の子なので、そう、Xくんが提案した。
 二人はじと目で彼を見たが、Xくんは最もらしい、前述のような説明をしたのだ。
 都合良くビーチがある訳ではないので、中にはジャングルの中などで、水着撮影という事も考えられる。
 ジャングルにはどんな危険があるかわからないので、出来るだけ避けたい事ではあるが、
とにかく【卯月クエスト・ガイドオフィス】は予算がないのだ。
 だから、あまり凝った事は出来ない。
 アイディアでしのぐしかないのだが、Xくんとしてはその後に待っている危険地帯の事に思考を持っていきたいところなのだ。
 だから、最初の1週間の冒険については正直、二の次と考えていた。
 あまり深く考えていない。
 今回、Xくんが使っているのは一見、シンプルなマスクだが、カメレオン特性魔法が付与しているタイプのマスクだ。
 身を隠すことも念頭に置いているのだ。
 それだけ後半の冒険が危険だという事だ。
 また、前半にあえて、水着撮影を選択したのは一度、Xくんは別行動をしようと思っているので、二人には比較的、安心できそうな行動をとっていてもらいたいという思惑もある。
 なので、下心で、そう言った訳ではないのだ。

 最初の1週間では水着撮影がメインで、Xくんは別行動もするというのが大まかな予定だ。
 次の2週間は危険地帯三カ所を回るという強行軍スケジュールとなっている。
 この三カ所の問題を解決しないと今回の遠方開拓冒険自体の意味が無い。
 だから、比重は後半におきたい。
 これが、Xくんの立てた行動計画だった。
 が、残る二人はそんな彼の気持ちはわかっていなかった。
 二人はあまり考えないタイプのクエスト・ガイドだった。
 もう一人くらい思考タイプのクエスト・ガイドが欲しいところだった。

028 前半の開拓冒険

「え、Xくん、こっち見ないでよ」
「見ませんよ。時間は限られているんですから、お二人とも手早く着替えてください」
「卯月シャチョー、見られて減るもんじゃないでス。パパッと着替えましょう」
「は、恥ずかしいもん」
 卯月班の三人は遠方の開拓冒険の最初の目的地へと到着していた。
 いつもの様に、Xくんが危険度を調べ、食用のものはないか調査し、卯月とリタの水着撮影を開始しようとしていた。
 本当はすぐにでもXくんは別行動を取りたいと思っていたが、卯月が不安そうな表情を浮かべていたので、初日だけ、水着撮影に付き合う事にしたのだ。
 Xくんとしてもいない間二人がどのように撮影するのか気にはなっていたので、今日のところは出来るだけ口を出さず、二人の撮影方法などをチェックすることにしたのだ。
 本当であれば、その場の危険度を調べたりする作業も見てみたかったがこれはクエスト・ガイドとしては基本中の基本作業でもあるので、資格を得ている二人を信用することにした。
 撮影は卯月とリタが交互に行う事にしている。
 手間になるかも知れないが、片方が水着モデルをしている間はもう片方はいつでも戦闘体勢が取れるようにしておいた方がよいとXくんはアドバイスをした。
 だが、今日のところはXくんがいるので、二人はいっぺんに水着になって撮影のモデルの準備をしているが、撮影するのはモデルになっていない方が担当することになっている。
 繁みに隠れて水着に着替える卯月に対し、リタは裸を見られる事は何とも思っていないようで、Xくんの前でも構わず、水着に着替えている。
 その点、リタはサバサバした性格と言えた。
 今回の撮影場所は小さな滝のある場所だった。
 滝壺はひざ上10センチほどしか水深がない本当に小さなものだった。
 身体を休めるには丁度よく、1口、2口くらいでは、お腹を壊さない程度の水なので、飲むことも出来るが、あまり、多くは飲めない水質だった。
 夏の暑い頃合いなどに来れば、身体を冷やすことも出来るが、ここへ来るまでは卯月達の町からは直線上に少し危険地帯があるので、迂回して、来る事になる場所だった。
 毒キノコが何種類かあるので、これを食べさせないように気を付けなくてはならないとか、獣に襲われた場合の逃走経路などを考えながら、Xくんはメモを取っている。
 本当は地形などを撮影したいところだが、それだと、着替え中の卯月が写さないでとか言いそうなので、彼女が着替えるのを待っている。
 見たところ、危険探知器の反応はない。
 危険探知器とはクエスト・ガイドの必需品の一つで、モンスターの気配を探知する事が出来る。
 とは言っても、モンスターは気配を消して獲物に近づいてくるので、モンスターが気配を消す前の状態を探知するものだ。
 強いモンスター程、大きな反応がある。
 これは元々、小動物の危険察知能力を応用したアイテムだ。
 強いモンスターは気配を完全に消せてもその周りの空気に微妙な振動が発生する。
 弱小モンスターはそれをいち早く察知することで、強いモンスターからの襲撃から逃げることができるというものだ。
 この探知器が反応しないモンスターは襲って来てもそれほど、危険ではないという事になっている。
 が、この危険探知器はあらかじめ、クエスト・ガイドのレベルを入力しておく必要があるので、Xくんの情報を入れている。
 なので、Xくんには危険ではなくても、卯月やリタにとっては厳しいという状況もなくはない。
 Xくんの探知器にひっかからなくても、卯月やリタの探知器に反応する場合もあるのだ。
 チームを離れるのだから、自分の身はもちろん、残していく卯月達の心配もしなくてはならないのだ。
 Xくんは明日から、ある組織の事を調べようとしていた。
 それは、闇クエスト・ガイドの一つとされる組織で、Xくんの根角として持っている情報を狙っている。
 この組織から狙われる立場になったために、彼は死亡したという偽情報を流すことにしたのだ。
 つまり、根角が生きていると知られたら、卯月達と行動を共にする訳にはいかないのだ。
 それがマスクマンとなった理由だった。
 その組織の名前は【ブロック・ウォール】という。

029 ブロック・ウォール

 一口に闇クエスト・ガイドと言っても5つのクラスが存在する。
 まず、かなりの数、存在すると言われているのが、第五クラスと呼ばれている最下級クラスだ。
 これは、クエスト・ガイドの難しい試験に落ちた者達がメインとなっている組織のクラスで、その中でも全く合格ラインから遠かった者達からなっているならず者クラスだ。
 これは、クエスト・ガイドの資格がない者たちの寄せ集めなので、正式のクエスト・ガイドの卯月達であれば、どうという事はないだろう。
 同様に第四クラスと呼ばれているのが、クエスト・ガイドの試験に惜しくも落ちた連中だ。
 このクラスになるとある程度統制は取れてくる。
 が、このクラスも実力的には卯月達の方が上だろう。
 問題は次の第三クラスからだ。
 このクラスからは実力的にはクエスト・ガイドになる実力はあるが、素行の悪さなどで、クエスト・ガイドになれなかった。
 もしくは、裏の仕事をするために、正規のクエスト・ガイドにならなかった者たちの集まりだからだ。
 それでも、弥生の会社で言えば、第三クラスはCランクか、それ以下の実力が主となっているクエスト・ガイド達がメインの組織だ。
 が、実力的にはクエスト・ガイドの力はあるので、油断をしているとやられてしまうという事もあり得る。
 Xくんを追っているのは次の第二クラスだ。
 闇クエスト・ガイドの頂点に位置する第一クラスの次の実力を持っている者たちが主流の組織で、この組織と正面から立ち向かって卯月達を守れる自身は彼にはなかった。
 実力的にも手練れが多く、束になってかかって来られたら、いくらXくんでもやられてしまうだろう。
 【ブロック・ウォール】はそんな第二クラスに属する組織だった。
 【ブロック・ウォール】は第二クラスの中でも下位のクラスの組織で、Xくんの持っている情報を元に、第一クラスの闇クエスト・ガイド組織とのつながりを強め、第二クラス筆頭となることを目指している集団だった。
 闇クエスト・ガイドは主に冒険者たちにズルをさせる組織でもある。
 応援する冒険者に有力な情報、敵対する冒険者に不利益な情報を流し、冒険者達を混乱させるような事を主に行っている。
 応援している冒険者からは名誉と引き換えに多額の報酬を求める。
 これにより、実力が無くても資金力のある冒険者が得をするという事になるのだ。
 冒険者は平等に権利があると主張するクエスト・ガイド達とは真っ向から反発するやり方だ。
 【ブロック・ウォール】は勢いを増してきている闇クエスト・ガイドであり、今回冒険しているところの近辺で、構成員が何度か冒険者達に目撃されていた。
 今回の別行動では、構成員を目撃したという冒険者達から情報を得ようと思っていた。
 もちろん、その冒険者達との接触で、逆に、【ブロック・ウォール】に根角の生存がばれてしまうかも知れない。
 だから、この期間は卯月達と行動は極力避けたかったのだ。
 自分と一緒にいることで、卯月達が組織から目をつけられるのを防ぐための別行動だった。
 冒険に関わると、何も敵となるのはモンスターばかりではない。
 悪意を持って行動する人間達との抗争も時にはあるのだ。
 Xくんが調べた限りでは、【ブロック・ウォール】は構成員は110名の組織だ。
 その全員がクエスト・ガイドの力を持っている訳ではないが、少なくとも30名以上がクエスト・ガイドとしての力を有している。
 多勢に無勢ではないが、30名の闇クエスト・ガイドとまともに戦う事はできない。
 挑めば、返り討ちにあうだろう。
 かと言って、放っておく訳にもいかなかった。
 今の状況としては、闇クエスト・ガイド組織と戦えるような力は卯月の会社にはない。
 交戦を避けて、開拓冒険への道筋を模索するのを優先させたかった。
 今回の冒険の後半には危険地帯3カ所が待っている。
 少なくとも、闇クエスト・ガイドと争って、余計な疲労を貯める訳にはいかなかった。
 今回の冒険は【ブロック・ウォール】をやり過ごすという目的もある。
 そのためには、闇クエスト・ガイド達に偽情報を流したりすることも必要だった。
 これはある意味、汚れ仕事でもあるので、出来れば卯月やリタにはして欲しくないという気持ちもあった。
 これはあくまでもXくんの中だけで解決すべきもの――
 彼はそう思っていた。

030 水着撮影

「うーん、何かやっぱり違うでスね」
「えー?これでいいんじゃない?」
「物足りないといいますカ。Xくんはどう思いますカ?」
 水着撮影をしていたが、どうも何か味気ない。
 リタはそんな意見だった。
 卯月としては恥ずかしい思いして、撮影しているんだから、これでも十分なのだが、リタは男の立場で考えて、果たしてこれに何人が食いついてくるかが疑問だった。
 今の世は水着さえも取って撮影する女の子も決して珍しくないのだから。
 卯月が最初に行った水着撮影は彼女の初の写真という事もあり、興味を持ってくれるユーザーは男女問わず、少なからずいた。
 だが、今回は二回目だ。
 リタという追加要素はあるが、リタも、弥生の会社でセクシー写真集を出した事があるので、目新しさは無い。
 この二人がただ、写真を撮影して、客を呼び込むポスターなどに加工したとして、また、同じ水着シーンの撮影ではどうしてもインパクトが薄いのは否めない。
 こういうのは段々過激にしないとユーザーもなかなか、ついて来てくれないものだ。
 二人の絡みで撮影というのもあるが、それだと、Xくんに撮影を頼むことになる。
 スキルコピードールを数体持ってきてはいるが、スキルコピードールに細かい撮影を頼むのは不可能だ。
 どうしても与えられた命令に沿ってしか撮影できないので、これだという撮影は無理だろう。
 女の身の自分達より、男性であるXくんに意見を求めるのが一番だと彼に聞いて見たが、
「う、う〜ん、そうだなぁ……」
 何となく上の空という感じだった。
「もう、Xくんが提案したんでしょ、これ。責任とってアイディアだしてよ」
「そうでース。ないなら、ポロリでもしましょーカ?」
「ぽ、ぽろりって……」
「やだやだやだ。ポロリはやだよ」
「わ、解った、考えるよ」
 さすがに、卯月達にポロリを強要するわけにはいかないと思ったのか、ようやくまともに考え出した。
「何か、思いついたですカ?」
「思いついたって言うか、試した事は無いんだけど、スキルコピードールを使う方法があるけど……」
「どんな方法?」
「今回は、スキルコピードールは戦闘特化で行きたいからそっち方面での特化はしたくないんだけど……」
 Xくんはあまり乗り気ではなかった。
 彼が言う様に、スキルコピードールは呼び込ませる情報量は決まっているので、出来れば戦闘面で特化したいというのが、希望だ。
 いざという時の戦力不足を補う上で貴重な戦力になりうるからだ。
 だが、Xくんが提案するのはスキルコピードールのエスケープモードに特化させるというものだ。
 スキルコピードールは敵を倒すための助力をするだけではなく、敵わぬ敵から逃げる時の囮としても使えるのだ。
 例えば、クエスト・ガイドと姿形などを似せれば、攪乱出来るし、別のクエスト・ガイドの様に見せかけて、他にも仲間がいると思わせて警戒させて時間稼ぎするという方法もとれる。
 スキルコピードールを卯月かリタに似せるも良し、他者もしくは架空のキャラクターの情報を入力して、別人として利用するも良しという事だ。
 つまり、Xくんが言いたかったのは、卯月やリタを増やしても仕方ないので、他の女性の数を増やして、モデルとして、撮影するという提案だ。
 持ってきているスキルコピードールはミスターグッズの製作のものだから、スキルリセット機能もついているが、その分、劣化もしていくのだ。
 出来れば、スキルは大事に使いたいというのが本音だった。
 特に、スキルコピードールは未使用なら手で持てるが一度でも使用するために膨らませてしまったら、リセットしても元の大きさには戻らず、二倍の大きさになってしまう。
 要するに荷物が増えてしまうという事を意味していた。
 スキルコピードールはいざという時に使うものだとX君は理解していた。
 間違っても水着撮影のモデルとして使う様なものではないと思っている。
 が、口に出してしまったものを引っ込める訳にもいかず、結局、持ってきた8体の内、半分の4体を撮影用に使う事になってしまった。
 もちろん、他人モードでスキルコピードールを使用した。
 めいいっぱい、メイクアップモードも使用して、スキルコピードールを魅力的にしていく。
 女の子なので、卯月もリタもスキルコピードールのメイクアップが楽しくなってきたようだった。
 結局、スキルメモリーの三分の一以上を使用して、スキルコピードールをそれぞれ着飾った。
 途中から、卯月とリタのセンスバトルに発展し、それぞれが担当するスキルコピー2体に余計なメモリーを消費させてしまっていた。
「ちょっと待って、二人とも、そこまでやる必要は……」
 と止めに入るも、
「Xくんは黙ってて」
「シャーラップ」
 というように、聞く耳を持たなかった。
 最後にはため息しか出なかった。
 とりあえず、Xくんは4体を諦め、自分が別行動を取っている間の二人へのオモチャとする事にした。
 三人チームは出来たばかりなので、チームワークを求めるには冒険は早かったかなと思ったが、彼らには時間がないのでこのまま行くしか無かった。

031 皐月班との合流

 卯月とリタだけを残していくのはいささか不安だったが、それでもXくんには、やることがあったので、翌日別行動を取った。
 不安は大いにあったが、腐っても卯月達もクエスト・ガイドである。
 頼りにしていたX君が居なくなったら居なくなったで上手くやっていった。
 Xくんの方もやるべきことはやりきることが出来た。
 不安材料はあるが、それでも後半の冒険につなげる準備だけは万全と思える仕事をしてきた。
 七日目に卯月達とXくんは再び合流し、明日は、皐月班との合流の日なので、アーステントを使って早めに地中で就寝した。
 翌日は快晴。
 三人は皐月班との合流ポイントへ急いだ。
 本来であれば、クエスト・ガイドは5人が皐月班として合流する予定になっている。
 が、現れた皐月班は5人ではなく、6人だった。
 増えた一名は社長の皐月だった。
「卯月姉、元気だった?」
「皐月、なんで、あんたがここに?」
「今回は重要案件だからね。卯月姉も参加するなら同じく社長の私も参加するべきでしょ」
「そんなもん?」
「そんなもんよ」
 卯月は半信半疑だった。
 性格的にはあっているが、皐月はあまり、表に出るタイプではない。
 どちらかと言うと、後方支援タイプだからだ。
 クエスト・ガイドを車の運転に例えると、ペーパードライバーのようなタイプが彼女だった。
 周りのクエスト・ガイドを優秀な人材で固めていて、開拓冒険にはあまり出てこなかったのだが、今回、出てきたのは恐らくXくんが目的だろう。
 弥生からXくんの事を聞いて気になるから見に来たというのが真相だろう。
 直接【卯月クエスト・ガイドオフィス】を訪ねる訳にもいかないので、合同の開拓冒険にかこつけて、彼にアプローチをしに来たようだ。
「ねぇねぇ、君、君、Xくんって言うんだよね。私、皐月、卯月姉の妹やってまぁす。よろしくねぇ」
「マスクは違いますが、試験の時、お会いしてますよ、皐月さん。仕事は順調ですか?」
「あぁ、あの時の試験官さんですかぁ?その節はありがとうございましたぁ。私が受かったのもXくんのお陰です。良かったらうち、来ませんかぁ、特別待遇で受け入れますよぉ」
「ちょ、ちょっと皐月」
「せっかくですが、僕は卯月さんの会社でしばらくご厄介になるつもりでいますので」
「そうですかぁ。卯月姉が嫌になったら、いつでもうちは歓迎しますからね」
「はは、ありがとうございます。気持ちだけありがたく受け取っておきます」
「なんてこと言うのよ皐月」
「Xくんを譲ってくれるにはいくら欲しい?」
「お金の問題じゃないわよ」
「待ってください、お二人とも。ここは一つ、自己紹介をしあいませんか?初対面のメンバーも居ることだし」
「そうですね。Xくんがいうならそうしましょう」
「もう……」
 あからさまにXくんに対して色目を使う皐月に対して警戒心と強める卯月だったが、ここで、彼女と揉めていては本末転倒だ。
 本来の目的からは遠のく事になる。
 協力して、危険地帯三カ所の調査をしなくてはならないのだ。
 見たことも無いメンバーも居ることだし、同じチームとして戦うクエスト・ガイドを把握しておかないといざと言う時の連携も取れないのだ。
 とりあえず、いいだしっぺはXくんなので、彼の所属する卯月班から自己紹介を始めた。
 人を名前を尋ねるにはまず、自分から名を名乗るというやつである。
 まずは、社長である卯月、続いて、リタ。
 最後にXくんの自己紹介をした。
 Xくんは訳あってマスクマンとして活躍しているが、その当たりは察してもらうことになった。
 Xくんとしては自分の持っている大まかな技量の説明を重視した形での自己紹介だった。

032 皐月班クエスト・ガイド

 続いては皐月班のクエスト・ガイドの説明が始まった。
 まずは、社長の皐月だ。
 卯月とXくんは十分、知っているが、リタが知らないので、しっかりと自己紹介をしてもらった。
 皐月は戦闘能力は姉妹の間でも高くはないが、アイテムの修理や改善作業を得意としている。
 後方支援を得意とする彼女ならではの特技とも言える。
 続いては、坂城 修三(さかき しゅうぞう)。
 Xくん同様に、男性のクエスト・ガイドだ。
 クエスト・ガイド全体では男女比は男性の方がやや多い。
 男性クエスト・ガイドは12企業と呼ばれるクエスト・ガイドの大手企業に多く在籍している。
 一般的な男性クエスト・ガイドは女性クエスト・ガイドよりも戦闘能力が高いというあまり確かではない情報があって、12企業は男性クエスト・ガイドを多く雇っている。

 まだ、若いクエスト・ガイドという市場では、開拓冒険を中心に行う時期だという認識があり、危険地帯に多く行けるとされる男性クエスト・ガイドをより多く集める事を重視しているためだ。
 だが、女性クエスト・ガイドの方が生命力があるという説もあり、冒険者は女性クエスト・ガイドの気配りの行き届いた接客の方を求めているという事もあり、女性クエスト・ガイドも市民権を得てきている。
 が、同じ女性という事で、卯月達姉妹の会社は、めぼしい女性クエスト・ガイドは先に雇ってしまっていた。
 なので、12企業では男性が、姉妹達の会社では女性クエスト・ガイドが多いという状況となっている。
 偶然とは言え、丁度、棲み分けが出来た形になっていた。
 修三は元々、12企業出身だったが、皐月の会社が男性クエスト・ガイド、つまり男手が欲しいという要望と12企業が女性クエスト・ガイドが欲しいという要望がマッチしてトレードされてやってきたクエスト・ガイドだった。
 特徴としては基礎体力が優れているという所だ。
 攻撃のスピード、及びパワーに優れているバランスの取れたクエスト・ガイドだ。
 強い特性こそないが、何にでも応用が利くオールラウンダータイプと言って良かった。
 次も男性クエスト・ガイドである石山 一馬(いしやま かずま)だ。
 彼も、トレード組だった。
 今回、皐月班は男性クエスト・ガイドは三人参加している。
 これはトレード組の彼らの実力を見るための開拓冒険でもあった。
 一馬の特徴としては、探知タイプと言えた。
 卯月班の様に危険探知器が無くても彼はそれよりも優れた探知能力を持っていた。
 開拓冒険に置いて、この能力は非情にありがたい力でもある。
 他にも、拾ったアイテムの解明能力も優れているので、卯月の会社としては喉から手が出る程欲しい人材とも言える。
 三人目も男性で、名前は平田 純心(ひらた じゅんしん)だ。
 彼は一つ特殊能力を持っている。
 身長が十センチから十メートルまで伸び縮みするのだ。
 巨大モンスターとの戦いでは役に立つことがあるかも知れない。
 彼も当然、トレード組だ。
 四人目は女性で、霧島 蛍(きりしま ほたる)だ。
 彼女は女性だが、彼女も実はトレード組になる。
 女性が社長の会社を希望していて、12企業はそれに答えたという事になる。
 彼女は特殊能力として、長い髪の間に10匹の虫を飼っている。
 その虫は実は本当の虫ではなく、虫に擬態したロボットである。
 様々なギミックをその虫型ロボットに仕込んでいる。
 その彼女も含めて、今回はこの四人のテストも兼ねているのだ。
 五人目も女性だが、彼女は元々から皐月の会社に入社していたクエスト・ガイドで名前は岸川 真理恵(きしかわ まりえ)だ。
 彼女が皐月班のチームリーダーを務めていて、彼女の左足は義足だ。
 彼女は義足を付け替える事によって、戦闘スタイルを変更するタイプのクエスト・ガイドだった。
 冒険者として活躍していた彼女はモンスターに左足を食い破られた。
 誰もが、復帰は無理だと思っていたが、彼女だけは諦めなかった。
 サポートを得意とする皐月と組んで試行錯誤を繰り返し、見事、クエスト・ガイドとして復活を果たしたのだ。
 そんな6名が皐月班のメンバーだった。
 予定より1人増え、9人体制となって危険地帯三カ所に挑む事になる。
 情報交換は済み、いよいよ危険地帯への2週間での強行軍が始まった。

033 最初の危険地帯

 卯月班3人と皐月班6人によるクエスト・ガイドチームは今回の本命となる三カ所の危険地帯の一つである湖畔に来ていた。
 ここでの目的は目の前の湖にいるとされている危険生物の生態調査だ。
 ここから、近隣にある町が被害にあっているとされていて、湖に潜む危険生物が町まで現れて人を食べているという情報を得ている。
 監視用のドローンが消息を絶っていて、詳しくは解らないが、水を操るのではないかという推測をしていた。
 というのもドローンの映像と近くの町の情報を総合するとその危険生物は決して水辺から放れないと言われていたからだ。
 水の中がその危険生物のエリアであり、水から切り離すことで、その生物の生態も見えてくるのではないかという考えがあった。
 だが、その情報だけを全て鵜呑みにする事は出来ない。
 12企業が先にこの地にクエスト・ガイドを送り込んでいるが、消息を絶っていて、帰って来ていないのだ。
 クエスト・ガイド9名がいるとは言え、決して油断が出来るような状況ではなかった。
 危険探知器は何も反応がない。
 一馬も何も感じていないようだった。
 慎重に調査を進めるクエスト・ガイド達。
 卯月班としてはスキルコピードールが4体になってしまったので、戦力的にはダウンしている。
 交戦状態になった時、現在の戦力で、足りるのか?という不安もあった。
 ちなみに、4体になったのは、水着撮影で使ったスキルコピードールを帰巣システムを使って、【卯月クエスト・ガイドオフィス】に戻したからだ。
 Xくんとの合流した時点でメモリを5分の3程使っていたので、スキルリセットして戦力とするより、今回のデータを会社に安全に持ち帰り、事務スタッフにデータ管理してもらう方が良いと判断したからだ。
 スキルコピードールは囮として使えるが、データなどを持ち帰りたかった場合、帰巣システムを使う事により、スキルコピードールをあらかじめ入力している場所へステルス機能を使い、帰還させる事が出来るのだ。
 仮にスキルコピードールのボディに会社の害になるようなもの等が張り付いていた場合、それを自動で、除去しようとするシステムも搭載されている。
 戦力にならないと判断したので、それらの機能をオンにして、自動帰巣させたのだ。
 つまり、撮影に使わなかった方の4体しか残っていないのだ。
 この危険地帯では危険な水の中の調査となる。
 そのため、前衛としてはスキルコピードールを出した方が安全なのだ。
 いざという時は、スキルコピードールが襲われている間に、水上に逃げる事が出来るかも知れないからだ。
 Xくんは皐月班の方を見る。
 彼女達はスキルコピードールは持ってきてないらしい。
 代わりに、デコイボックスをいくつか装備した、特殊なウェットスーツを着用している。
 やはり、資金力のあるところは装備も違うなと思った。
 理由は、この水中探索においては、スキルコピードールよりもデコイボックスの方が有効だと考えられるからだ。
 スキルコピードールの場合、囮には使えるかも知れないが、スキルコピードールの情報を得るにはスキルコピードール自体を回収しなくてはならない。
 デコイボックスの場合は本人が探査しているので、デコイボックスは回収しなくても良い。
 デコイボックスはスイッチを押すと、クエスト・ガイドに襲いかかってきている何かに対して、中味の人工液化マシンが絡みつく形で、攻撃を防いでくれる。
 そのため、動きを封じたと思ったら、攻撃に転じる事もできるのだ。
 また、体温、匂い等をしみこませて囮としても使えるという便利なアイテムだ。
 特殊なウェットスーツには恐らく緊急脱出装置が含まれているのだろう。
 噂では聞いた事があるが、水深が深いところからの脱出は水圧というのが、問題となる。
 緊急脱出装置は周りの水を吸収して、水圧を維持したまま、浮上し、水上で、ゆっくり、水圧を下げて身体を慣らすという役目を果たしてくれるらしい。
 身体にも優しい脱出装置なのだ。
 【卯月クエスト・ガイドオフィス】には今のところ手に入らない超高級品だ。
 ウェットスーツ関係だけじゃない。
 彼女達が口にしているのは通称【エア剤】だ。
 一粒飲むだけで、十分間の呼吸が水中で維持される。
 エアボンベがいらないというのはありがたいことでもある。
 【思考ライト】
 ライトのオンオフ、光量の調整などが、思考テレパスで出来るというものだ。
 自動追尾システムを搭載しているから、クエスト・ガイドの後を勝手についてきてくれる。
 これはやはり、皐月の影響力が強いのだろう。
 数々のアイテム特許を持っている彼女の会社は人数よりも豊富な資金力を持っている。
 卯月も会社としての制服には力を入れていて、多くの冒険のサポート機能が縫い込まれている。
 が、水中に対しては彼女の制服は役に立たないし、これは冒険者を案内する冒険ではないので、制服は会社に置いてきているのだ。
 クエスト・ガイドの制服は冒険者を案内する時に着用するのであって、今回のような開拓冒険には基本的に持って行かない。
 理由は制服が傷つくからというものと、縫い込まれているギミックはあくまでも冒険している場所がある程度理解出来ていてこそ、百パーセントの機能が発揮されるのであって、よく知らない場所ではかえって危険な場合もあるからだ。
 それよりは、場所に適したピンポイントのアイテムを利用した方が遙かに効率的だと言える。
 装備の違いに気後れしたのか、卯月班は皐月班より遅いスタートで水中探査に向かった。
 基本的には、フォローの面からもメンバーの3分の1は最低でも水上に居た方が賢明なので、卯月班は卯月とXくんが潜り、リタは水上で待機だった。
 皐月班は修三、純心、蛍、真理恵が水中、皐月と一馬が水上だった。
 湖は水深150メートル以上はあった。
 水は多少濁っていて、10メートル先はぼんやりとしか見えないという状況だった。
「え、Xくん……何だか怖いね」
「社長、出来るだけ無線通信は避けて下さい。何がいるかわかりませんから」
「う、うん……」
 不安からか、卯月はXくんに声をかけるが、危険生物がいるかもしれない湖の探査では命取りになりかねない。
 冒険者ではないのだから、退治する必要はないが、少なくとも危険生物がどんな姿形をしているかは見極めなくてはならない。
 バシュ、バシュ、バシュッ
 空気が出る音が響いたかと思うと、皐月班の4人が緊急浮上していくのが、解った。
 恐らく危険生物と接触したのだろう。
 脱出出来たのは装備のお陰という感じだった。
 何かが浮上してくる。
 だが、見えない。
 見えないが、見えない何かに何かが絡みついている。
「!――社長、浮上します。急いで!」
「え、あ、う、うん」
 Xくん言われるまま、水上に向かって行く卯月だった。
 卯月班としては出遅れたのが逆に助かった理由とも言える。
 あまり、深いところまで潜っていなかったのが幸いした形となった。
 水中から上がったXくんは、
「社長、リタさん、この場から離脱します。早く!」
 と言った。
 Xくんの勢いに押される形になって訳もわからず、卯月とリタは続いた。
 数秒遅れて水中から、半透明のクラゲの様なものが飛びだして来て、同時に、散弾のような液体を放つ。
 ジュンジュンジュワジュワジュンジュンジュンッ
 酸だった。
 クラゲの様な物体に絡まっていたのは溶けかけた、しゃれこうべ。
 恐らく消息を絶っていたクエスト・ガイドのものだろう。
 強力な酸で骨まで溶かす危険生物。
 それも一体ではない。
 確認出来ただけでも数十体はいた。
 この場に居ては危険。
 クエスト・ガイド達はその場を離れた。

034 分析結果

 その後、一旦、体勢を立て直し、別の角度から、様々な調査を行った。
 調査の結果、出てきた危険生物の名前は強酸クラゲモドキという新種生物だった。
 通常は体長30センチ弱の大きさのものがいくつかの条件が重なって、大きいものでは8メートル以上にもなる。
 あたりかまわず、散弾の様に強酸をばらまくので、危険だと判断できる。
 が、縄張りを侵さなければ危険な力を持っているからと言って直ちに対処の対象とはならない。
 冒険には危険がつきもの。
 もちろん、危険な生物と遭遇し、命を落とす事もある。
 危険な力を持っているからと言って、ただちに排除の対象となることはない。
 それよりも、問題はむしろ、強酸クラゲモドキがここまで巨大化した原因にある。
 これが、このまま行けば、また、更に巨大化するという事も考えられる。
 この数で、巨大化が進めば、近隣の居住地への被害の拡大も考えられる。
 近くに町もあり、その町への被害も報告されていたので、何らかの対策は必要になるだろう。
 注目すべきは、強酸クラゲモドキが人間に対して敵意を持っているという事だ。
 何とか、体内組織の一部を採取する事に成功したXくんはそれを皐月に分析してもらった。
 この中のメンバーでは彼女が一番、分析力に優れているからだ。
 分析キットも数多く持参してきている彼女は成分分析を開始した。
 それで、導き出された答えは、強酸クラゲモドキの成分に自然界では考えられないような成分がいくつか混じっていたという事が確認された。
 恐らく、誰かが、強酸クラゲモドキの体内に異物を混入させているのだ。
 複数種類確認されていることからも偶然という事は考えにくい。
 誰かが故意に注入させたのだ。
 その後、回収したしゃれこうべのDNAも解析した。
 行方不明のクエスト・ガイドでは無かった。
 データ照合した結果、クエスト・ガイドの試験に落ちた事のある鈴本 大毅(すずもと だいき)という人間のものであることが確認された。
 クエスト・ガイドや冒険者以外が未開の土地に足を踏み入れるとは考えにくい。
 クエスト・ガイドの試験結果から見て、冒険者に転向したとも考えにくかった。
 一番、可能性として、考えられるのは闇クエスト・ガイドとして、行動していたという事になる。
 闇クエスト・ガイドはモンスターを実験材料にして、自分達に従順かつ、正式なクエスト・ガイドにとっては厄介なモンスターに変えようという動きもあると聞いた事があった。
 Xくんは闇の組織の不穏な空気を感じた。
 強酸クラゲモドキを飼い慣らす事に失敗し、放置したのだろう。
 その結果、強酸クラゲモドキは人類に対して、敵意を持つようになり、鈴本 大毅はその犠牲となったのだろう。
 鈴本の実力から考えて闇クエスト・ガイドの組織では、下っ端という立場であった事が考えられる。
 上役に強酸クラゲモドキを始末しておけと命令されて、この湖に捨てたのだろうが、失敗して殺されたというのが真相だろうなと思った。
 行いはともかく、骨は家族の元に帰すのが筋だと思ったXくんは、出来るだけ骨を回収し、スキルコピードールを使って、会社に送った。
 対策としては、強酸クラゲモドキの成分を分解する成分を作り、比較的小さいクラゲモドキの体内に打ち込んだ。
 やがて打ち込まれたクラゲモドキは分解されて水に溶けていくのが確認された。
 正直、今の状況ではどう対処すべきか判断に迷うところなので、報告書をまとめて、会社へと送った。
 事務スタッフ達が報告書を元に、調査委員会へと報告してくれるだろう。
 後は12企業に任せるという形になる。
 一カ所目の任務はこれで完了という事になる。
 生きて帰れる可能性を示すという事が重要な任務でもあるのだ。
 後味としては決して、良くはないが、次の危険地帯へと向かうのだった。

035 二カ所目の危険地帯

 二カ所目の危険地帯は岩石地帯だ。
 驚く事にこの辺りの岩石は全て、元はなんらかの生命体であった。
 石化能力をもつ何かによって、みんな石にされていたのだ。
 コカトリスという推測もあったが、違っていた。
 芋虫のような外見で真っ黒な身体を持っている怪物だった。
 蛹のようなものを石化させた生命体の中に寄生させ、生命体の生命を吸って、成長させ、やがて孵化し、蛾の様なものが姿を現した。
 これも新種のモンスター、ストーンモスだった。
 ストーンモスの鱗粉を浴びると石化するようだった。
 念のため、到着と同時に起動させていたスキルコピードール2体がお釈迦になってしまった。
 石化されてしまったのだ。
 生命体ではないから、蛹は入れられないが、スキルコピードールとしての機能は99パーセント以上が沈黙した。
 スカイエスケープで上空に逃げ、ステルス機能を使ってやり過ごしたが、助かるかどうかはギリギリのラインだった。
 一気に上空へと離脱出来たから被害は免れたが、皐月班の純心と真理恵が負傷した。
 真理恵は左足の義足の接合部をやられてしまったので、今後、義足の部分が多くなってしまう。
 純心は巨大化したのが禍したのか、左腕が石化され、全身への転移を防ぐため、やむを得ず、根元から切断した。
 二人とも重傷だった。
 緊急離脱用に持ってきていた、スペシャルバギーで何とか逃げ切ったが、それでも、二人はこれ以上の冒険は不可能と言えた。
 復帰するにしても、とりあえずは無事に帰国して、治療しなくてはならない。
 クエスト・ガイドという職業は実は冒険者よりも一人当たりの死亡率が高い。
 それは未開の土地への開拓冒険が90パーセント以上を占める。
 やはり攻略法の確立されていない未開の地に最初に足を踏み入れるという事はそれだけ危険だという事なのだ。
 クエスト・ガイド二人の離脱。
 これは、今回の冒険そのものの継続を考えなくてはならない状況になった。
 皐月班はリーダーの真理恵の離脱もあって、問題は深刻だった。
「くそっ、くそっ、くそっ」
 悔しがる修三。
「し、仕方ないわ。真理恵達を負傷させたんだし、これ以上は……」
 それまでの元気が嘘の様に、意気消沈する皐月。
 雇っていたクエスト・ガイドが二人も負傷したのだ。
 無理もなかった。
 卯月班と皐月班は逃げたタイミングは一緒だった。
 だが、上空に逃げた卯月班に対して、飛行能力のあるモンスターに対して、上空に逃げるのは危険と判断し、地上を逃げる選択に切り替えた皐月班だったが、結果は逆になってしまった。
 判断ミスではない。
 セオリーに従うなら上空に逃げるのはナンセンスだ。
 だが、今回はそれが、仇になってしまった。
 安全策を取ったから安全な訳ではなく、危険な方法だったからダメだったという事もないのだ。
 後から合流し直した卯月班と今後の対応を協議する。
 状況は一刻を争うので、スペシャルバギーで、真理恵と純心は帰国させている。
 負傷した二人だけを送る訳にはいかないので、探査能力の優れた一馬が付き添い、危険を出来るだけ回避しながらの移動をしている所だ。
 つまり、この場に皐月班は皐月と蛍と修三しかいない。
 人数的には卯月班と一緒だが、元々三人で参加した卯月班と違い、皐月班は半分になってしまった。
「皐月さん、ここは社長として、決断する時ですよ」
 Xくんは皐月に対して、そう告げた。
 気落ちしている彼女にとっては厳しいものになるが、彼女はクエスト・ガイド達をまとめ上げた会社の長なのだ。
 道を示すのは彼女でなくてはならない。
「え、Xくん、私、どうしたら……」
「あなたの会社の判断です。あなたがするべきです。こちらもその判断に合わせて決断する事になると思います。うち、一社ではあれは無理のようです」
「Xくん、そうなると私達も諦めることになるの?」
「そうなりますね、社長。うち、一社で挑むのは自殺行為です。装備も少なくなっていますし」
「でも、死活問題だって」
「生きていてこそです」
「そ、そうだよね」
 敗走ムードの中、しばらく熟考していた皐月はトランシーバーを取り出した。
「一馬くん、聞こえますか」
 スペシャルバギーで移動中の一馬への通信だ。
「社長ですか?どうしました?」
「聞いて、悪いんだけど、二人を病院に運んだら、クエスト・ガイドを三人連れて戻って来てくれる?」
 どうやら、卯月班のために、皐月班も冒険を続けてくれるようだった。
 皐月にとっては自分達の班のために、冒険が中断されることを認める訳にはいかなかったようだ。
 それが、吉と出るか凶と出るかは解らないが少なくとも、彼女の表情からは合流した時のような、どこか冒険を舐めていたような余裕を持った表情ではなかった。
 責任のあるクエスト・ガイドの会社の社長としての顔だった。
皐月はトライ・スリーというクエスト・ガイドを指名した。
 トライ・スリーは彼女の会社では稼ぎ頭の一つとされるチームだ。
 更に、スキルコピードールを20体要求した。
 その事からも彼女の本気度が解った。
 それを見ていたXくんは
「社長、実力ではあなたの方が上ですが、社長としての力量は彼女の方が上の様ですね。今後のため、参考にされると良いですよ」
「え?妹だよ?」
「優れているという事に姉も妹も関係ありませんよ。見習うものは見習うべきです。あなたの欠けている部分の多くを彼女は持っていますよ」
「……そうかもね。私が同じ状況だったら、慌てて何も出来なかったかもしれないもんね」
 たぶん、自分だったら泣いてあたふたしているんだろうなと思う卯月だった。

036 トライ・スリー

 卯月班と皐月班は一日その場でキャンプして待機して、トライ・スリーと案内の一馬の到着を待った。
 移動してしまうと合流に手間取るからだ。
 トライ・スリー──皐月の会社の稼ぎ頭の一つだ。
 卯月達姉妹の会社で最大勢力と言えば長女、睦月の会社を指す。
 だが、最強勢力と言われると少数精鋭でやっている次女、如月の会社を指すだろう。
 如月も含めて、彼女の会社には神9(かみ・ナイン)と呼ばれる9名の超実力者のクエスト・ガイドがいる。
 残念ながら、事務スタッフがいないため、B級あつかいの会社に認定されてしまうだろうが、その実力は業界では有名。
 一騎当千の力を持つ、最強のB級クエスト・ガイドオフィスと呼べるだろう。
 口コミで一般にも広まっているので、B級であっても如月の会社に依頼する客は後を絶たないだろう。
 睦月もそれを真似て、最強の精鋭11名を伝説11(レジェン・ドイレブン)としているが、本家と比べるといくらか見劣りする。
 皐月の会社も負けじと、同じような精鋭チームを考えている。
 それが、勇気5(ブレイブ・ファイブ)と聖女4(マリア・フォー)と挑戦3(トライ・スリー)だ。
 皐月の会社では最強の12名のクエスト・ガイドを三つのチームに分け、仕事に出しているのだ。
 その最強三チームの一つがトライ・スリーだ。
 つまり、皐月は切り札の一つを切ったのだ。
 背に腹は代えられない。
 卯月の前で失態を犯したので、汚名返上すべく最強戦力の一つを持ってきたのだ。
 最強戦力の名にふさわしく、一馬と共にスペシャルバギーで登場した三人は後は自分達でやると言って、その場にいた6名を置いて、ストーンモスをあっさりと駆逐した。
「皐月社長、だから、初めから私達が行くと言ったじゃないですか」
 トライ・スリーのリーダー格の女性が言った。
「ご、ごめん、アンジェラ。私の判断ミスだった」
「反省なさっているなら、良いです。死亡者が出なかっただけマシです。」
「う、うん。真理恵と純心くんの様態は?」
「一命はとりとめたみたいですが、現場復帰は五分五分といったところですね」
「そ、そう。保証の方はちゃんとするから」
「そういうのは無事に帰って本人に言ってあげて下さい。本人達も覚悟の上でクエスト・ガイドって難儀な仕事についているんですから。そう、気にしないでください」
「うん。うん……」
 感極まって泣き出す皐月。
 気を張っていたのだろう。
 Xくんは昨日は少し、きつく言い過ぎたかな?と反省した。
 卯月達も自己紹介し、皐月の口からトライ・スリーのメンバーも紹介された。
 まずは、リーダーのアンジェラ・パーラー
 判断力が非常に優れた女性だ。
 ストーンモスもこの地に本来生息しているモンスターではない外来種と判断、駆逐を決断したのも彼女だ。
 ストーンモスがこの地に来てしまったせいで、絶滅した生命体も少なくなく、やむを得ない判断という事になった。
 彼女の特殊能力は包装だ。
 肉眼では見えない包装用の物質を生成し、ターゲットを包み込むのだ。
 この能力により、ストーンモスは鱗粉をばらまく事なく、包み込まれて圧殺されたのだ。
 他の二人も多少、手伝ったが、ほとんど彼女一人で、ストーンモスを全滅させたと言っても良かった。
 二人目は藤下 灯里(ふじした あかり)だ。
 彼女は特殊な光線、ビームを出すことができる。
 光速のビームを交わせるモンスターなどそれほど多くはない。
 三人目は、ソフィア・ロンドだ。
 彼女はモンスターの細胞を移植しているため、人間離れをした怪力、運動能力を有している。
 修三も優れた身体能力を持っているが、あくまでも人間レベル。
 彼女の比ではない。
 さらに言えば彼女の皮膚は鉄より硬く、バネよりしなやかになっている。
 人間レベルのクエスト・ガイドはとっくに卒業している三人だった。
 皐月班7名、卯月班3名の大所帯となったクエスト・ガイドチームはこの勢いのまま、次の三カ所目の危険地帯に挑むのだった。

037 最後の危険地帯

 三カ所目の危険地帯はダンジョンだった。
 入り組んだ洞窟の中には未知の生物がたくさん存在する。
 戦力的には10人でも足りないくらいだった。
 二カ所目の危険地帯を潰してしまったので、この三カ所目は何とか、無事、冒険場所として、確保したいところだった。
 ここから先は隠密行動を重視する冒険となった。
 まともにぶつかっては全滅が目に見えているからだ。
 冒険者と来る時は、かなりの戦力で挑んだ方が良いと推測できた。
 何しろ、ドラゴンだけでも数十種類はいるのだから。
 これは、一つ目と二つ目の危険地帯がダメだったとしても、十分、おつりがくるくらいの冒険スポットだった。
 この辺りでは、今のところ最大規模のスポットになる事が予想できた。
 冒険者一人でのクリアはまず、不可能、数十人から、下手をすると三桁規模の冒険者を必要とする場所になり得る事が確認された。
 もちろん、今回のたった二週間の遠方開拓冒険では、全てを調べ上げることは不可能。
 これから、何度も、クエスト・ガイドを送って、ある程度の冒険調整が必要とされた。
 今回は正確なダンジョンの位置が確認されたことが大収穫なのだった。
 偵察のカメラが壊されていたのはこの地域に特殊な電波が流れていて、それが、オートカメラを誤作動させていた事がわかった。
 危険地帯には変わりないが、一カ所目や二カ所目の様に、直ちに対処が必要とされるような場所ではなかった。
 結果、クエスト・ガイドのリタイアなど、卯月達にとっては衝撃的な事もあったが、クエスト・ガイドとしての危険性を認識も出来たし、それよりも、新たにクエスト・ガイドを雇う事が出来るだけの収入を確保できた事になる。
 【卯月クエスト・ガイドオフィス】にとっては誰一人、欠けることもなく、次の営業につなぐことができる、最大の成果と言ってよかった。
 ただ、
「オーノー、全然、活躍できなかったネ」
 リタは不満そうだった。
 彼女はモンスターを相手に暴れまわりたかったが、自分が動く事で、班の全滅を招く可能性がある事は本能的に解った。
 だからこそ、彼女は前に出なかった。
 グイグイ、前に出るタイプであったにも関わらずだ。
 それは、彼女自身の実力不足を実感したという事もあった。
 今の実力ではトライ・スリーの足元にも及ばないのだ。
 それは卯月も同じだった。
 トライ・スリーはXくんレベルのクエスト・ガイドと言っても過言ではない。
 卯月は自分と自分の会社のレベルの低さを痛感するのだった。
 だが、当初はクエスト・ガイドを二人雇うのがやっとだと思っていたら、三人以上雇う余裕が出そうなくらい12企業から報酬が出たのがありがたかった。
 卯月の会社ではA級として認識されるには、後、最低、3人はクエスト・ガイドを雇わなくてはならない状況だ。
 後、少し、稼げば、そこそこの給料で3人を雇うことができる資金はたまりそうだった。
 優秀な人材が確保出来たなら言うことは無いのだが。
「皐月、大丈夫かな?」
 卯月は妹の事を心配する。
「卯月姉、迷惑かけたね。ゴメン」
 と言われたが、卯月としては迷惑をかけられたとは思っていない。
 むしろ、トライ・スリーが来てくれなかったら、三つ目の危険地帯ではもっと大きな被害を出していたかも知れない。
 自身の力不足だけを感じていた。
 彼女は皐月の会社に助けられたと思っているくらいだ。
 だから、詫びを入れられる理由がないのだ。
 良くも悪くも前向きだった皐月が卯月に詫びを入れるという事は滅多にある事ではない。
 そのため、心配だった。
「社長は、皐月さんを過少評価していますよ。彼女は大丈夫です。自分の認識の甘さを認める事が出来たんです。彼女は、さらに成長するでしょうね」
 Xくんはそう言って空を見つめた。
 皐月はXくんから信頼されているんだな。
 自分もそうありたいな。
 そう思う、卯月だった。




登場キャラクター説明

001 九歴 卯月(くれき うづき)
九歴卯月
このお話の主人公。
幼馴染みの根角(ねずみ)の夢を引き継いでクエスト・ガイド(冒険案内人)を目指す女性。
6人姉妹の4女で他の5人は全て異母姉妹。
前向きなのは長所だが、注意力がいまいちたりず、おっちょこちょいでもある。
心情的な事に対してはかなり鈍い分類にはいる。


















002 江藤 根角(えとう ねずみ)=審査官=X(エックス)君
Xくん
卯月の幼馴染みの青年。
卯月達6人姉妹の目標の存在でもある。
十八の時に行方をくらましている。
姿を隠して、姉妹の試験の審査官となりX(エックス)君として卯月の会社に入る。




















015 九歴 皐月(くれき さつき)
九歴皐月
九歴6姉妹の五女で卯月の妹。
【皐月クエスト・コーポレーション】の社長をしている。
姉妹の中では戦闘能力は高く無いが、それを補うに十分な、アイテムの修理や改善作業を得意としている。
自分のミスをすぐに修正出来る強い面も持っている。

















016 坂城 修三(さかき しゅうぞう)

【皐月クエスト・コーポレーション】の男性クエスト・ガイド。
基礎体力が優れている。
攻撃のスピード、及びパワーに優れているバランスの取れたクエスト・ガイド。
強い特性こそないが、何にでも応用が利くオールラウンダータイプでもある。


017 石山 一馬(いしやま かずま)

【皐月クエスト・コーポレーション】の男性クエスト・ガイド。
探知タイプ。
拾ったアイテムの解明能力も優れている。


018 平田 純心(ひらた じゅんしん)

【皐月クエスト・コーポレーション】の男性クエスト・ガイド。
身長が十センチから十メートルまで伸び縮みするという特殊能力を持っている。


019 霧島 蛍(きりしま ほたる)

【皐月クエスト・コーポレーション】の女性クエスト・ガイド。
長い髪の間に10匹の虫を飼っていて、その虫は本当の虫ではなく、虫に擬態したロボットである。
 様々なギミックをその虫型ロボットに仕込んでいる。


020 岸川 真理恵(きしかわ まりえ)

【皐月クエスト・コーポレーション】の女性クエスト・ガイド。
左足は義足。
その義足を付け替える事によって、戦闘スタイルを変更するタイプ。


021 アンジェラ・パーラー

【皐月クエスト・コーポレーション】の女性クエスト・ガイド。
その精鋭チームの一つ、トライ・スリーのリーダー。
判断力が非常に優れた女性。
肉眼では見えない包装用の物質を生成し、ターゲットを包み込むという特殊能力を持っている。


022 藤下 灯里(ふじした あかり)

【皐月クエスト・コーポレーション】の女性クエスト・ガイド。
その精鋭チームの一つ、トライ・スリーのメンバー。
特殊な光線、光速のビームを出すことが出来る。


023 ソフィア・ロンド

【皐月クエスト・コーポレーション】の女性クエスト・ガイド。
その精鋭チームの一つ、トライ・スリーのメンバー。
モンスターの細胞を移植しているため、人間離れをした怪力、運動能力を有している。